私たちについて
売らない本屋を作った理由
ここに書かれているのは、HONKEという場所が誕生するまでの「第ゼロ章」の物語です。コロナ禍での原体験や、シェア型書店・私設図書館の歴史といった現実的な文脈、そして私たちが運営の中で感じていたジレンマなど、少し裏方寄りの赤裸々なお話が続きます。
様々な人や素敵な空間、取り組みとの出会いによってこの場所が誕生したことへの「感謝」を伝えたくて綴ったものですが、どうしても現実的な背景が多くなるため、HONKEの純粋な世界観を伝える内容ではありません。
もしシンプルにHONKEを楽しみたい場合は、どうぞ無理に読み進めず、あなたにとって心地よい距離感でHONKEという場所を楽しんでいただけたら嬉しいです。
下北沢の片隅にシェア型図書室として「HONKE」がオープンしたのは、2023年のことです。
実のところ、私は「図書室」という言葉に、ずっとある種の違和感を抱いていました。図書室は誰もが気軽に行ける場所のはずの場所なのに、本屋さんよりも少し行きづらい感覚を持っていたからです。それはおそらく、「本を手にすること=きちんと読書をしなければいけない」というプレッシャーに直結してしまうからではないでしょうか。
日本には「積ん読」という文化があるように、本は決して読むことだけがすべての目的ではありません。ただ美しい装丁を眺めたり、背表紙が並ぶ空間に身を置いたりするだけでも、人は満たされるもの。それなのに「図書室」と呼んでしまうと、ちゃんと本を読む人しか寄せ付けなくなってしまう。
私が作りたかったのは、一般的な図書室ではなく、誰もがもっと自由に、ただ本と一緒にいられる「売らない本屋」でした。
その原点は、世界中がコロナ禍の不安に包まれていた2021年に遡ります。
当時、私は新しくできる「シェア型書店」の立ち上げ準備を含めた、運営全般に携わっていました。度重なる緊急事態宣言の真っ只中で、「無事にオープンできるのだろうか」という不安と隣り合わせの日々でした。この時期は、長引く出版不況などから、全国の書店が相次いで閉店していくという暗いニュースばかりが報じられていた時代でもあります。
けれど、そんな先の見えない不安な状況だったからこそ、自分の小さな本屋(棚)を持とうと集まってきた人たちの熱量は凄まじいものがありました。
自分の大好きな本について語る時の彼らは本当に美しく、私はそんな「本好きたち」にすっかり心を奪われました。純粋に応援したい、もっと彼らの“推し活”がしたいと。その衝動が、のちのHONKEへと繋がるすべての始まりです。
彼らと接しているうちに、本を介したコミュニティには、先人たちが繋いできた豊かな歴史があることが見えてきました。
本屋の文脈では、2005年に東京の谷根千で始まった「不忍ブックストリートの一箱古本市」が路上に本を持ち出して交流の種をまきました。その後、2018年に和気正幸さんが立ち上げた『BOOK SHOP TRAVELLER』や、2019年に中西功さんが仕掛けた『ブックマンション』によって、個人が本屋の棚を持つ「シェア型書店」の文化が一気に花開きました。
一方で図書館の文脈を見ると、2011年に礒井純充さんが提唱した、本にメッセージを添えて私設図書館をつくる「まちライブラリー」が全国へ広がり広がっていき、2020年には、シェア型書店と図書館が融合したような、本を売るのではなく貸し出す図書館「みんなの図書館(みんとしょ)」がスタートしました。
さらに、「本を作る人」たちの環境も同時に育っていました。ブックマンションの中西さんが育てた手作りの小冊子の祭典「ZINEフェス」は今や全国規模へと拡大し、2024年には「文学フリマ東京」が東京ビッグサイトへと会場を移すほどの熱狂にまで広がりました。
「読む人」と「作る人」。双方が自分を表現して生き生きと輝く姿を見ていく中で、私は彼らをもっと純粋に応援できる場所を作りたいと強く願うようになりました。しかし一方で、シェア型書店の現場に深く関わる中で、あるジレンマも感じていました。
自分の選んだ本が買われていくのは、たしかに最高の喜びです。けれど、「売らなければいけない」というプレッシャーや、お気に入りの本が売れるたびにまた同じ古本を探して補充し続けるループに、少しずつ疲れてしまう人たちの姿もありました。
彼らが本当に求めていたのは、利益ではなかったのだと思います。自分の人生を変えた「大切な本」を、誰かに紹介したい。決して読書家としてマウントを取りたいわけではなく、純粋に本が好きな気持ちを誰かと共有したかっただけなのではないか。
売らなくていい。本を読むことや、貸すことすら一番の目的ではない。ただ、自分の大切な本や作品を安心して置いておける世界はないだろうか。
「家の本棚を見られるのは、自分の心を見られているようで恥ずかしい」と言われるように、本棚はその人の内面を映し出す鏡です。私たちが誰かの本棚を眺めるだけで幸せな気持ちになるのは、言葉を交わさずとも、その人の人生や価値観に触れ、共鳴できるからなのだと思います。HONKEが目指したのは、そんな「鏡」を並べておける、純粋な自己表現の場でした。
オープン当初、HONKEはこの場所をカフェのようにくつろげる「サードプレイス(第三の居場所)」と呼んでいました。しかし、運営を続ける中で少し違和感を覚えるようになります。サードプレイスは時に「誰かと楽しく交流すること」が前提になりやすく、内向的な本好きにとっては、それが逆にプレッシャーになってしまうと気づいたからです。
本が好きな人たちは、わざわざ直接会って誰かと話さなくても、「自分の大切な本や作品」をそこに置いておくだけで、十分に日々の糧にできます。だからこそ、ここは交流を強要しない場所にしようと舵を切りました。
自宅(ファーストプレイス)でも、職場や学校(セカンドプレイス)でもなく、交流を目的としたサードプレイスでもない。誰かと繋がることを強要されず、ただそこに自分の本棚があるということだけで満たされる、新しい「フォースプレイス(第4の居場所)」。それこそが、HONKEが提案したい本棚コミュニティの形です。
本好きの方々は、口を揃えて「私なんて、本好きと言えるほど読んでいません」と控え目です。でも私から見れば、愛する本や心を込めて作ったZINEについて語る皆さんは、本当に美しく輝いています。
皆さんが大好きな著者や作品を熱烈に推すように、HONKEは、本や表現を愛する「あなた」を推しにした場です。だからこそ、あなたが本棚に自分の分身を並べ、言葉にならない想いを表現してくれることが、私は何よりも嬉しい。ここはあなたのための居場所なんです。
誰かと無理に繋がる必要はありません。サブカルチャーの地である下北沢の「棚」に、あなたの心の片隅にある大切な想いや作品を、そっと住まわせてみませんか。
本を愛する人々へ
クラウドファンディングでのたくさんのご支援、本当にありがとうございました!皆様からいただいたお気持ちが、HONKEの歴史をスタートさせてくれました。
松本典子さん、岡田憲治さん、奥ゆうかさん、きくちゆうこさん、星野奈津さん、もえさん、のほん文庫 ななさん(順不同)、を始め約50名の方にご支援いただきました。
そして、棚を彩ってくださる書架主の皆さんも、ここをふらりと訪れてくださる人も、みんながHONKEの物語の大切な参加者です。この場所に関わってくださるすべての方に、心からのありがとうを。
皆様からいただいたお気持ちを、HONKEの「しおり」として大切に挟み、これからも皆さんと一緒にこの家を育ててまいります。
下北沢で待ってます
HONKEは、下北沢駅「南西口」より徒歩2分。かつて小田急線の線路があった場所は現在、緑に囲まれた遊歩道になっています。
ガタンゴトンと心のなかで呟きながらまっすぐ進むと、ちょうど駅と商業施設(ボーナストラック)の中間あたり、左側に小さな階段が見えてきます。
ここは、ドラマ『silent』(想と奈々の待ち合わせ場所)に登場した階段。ドラマのワンシーンを思い浮かべながら階段を降りたら、すぐ空を見上げてください。
「本」とかかれた暖簾が見えたら、そこがあなたの居場所『HONKE』です。外階段を上がり、本との時間をお楽しみください。
HONKE
東京都世田谷区代沢5丁目34−6-2F
OPEN 6:00-21:00
